ありがとうの反作用
/☆Go Back☆/

長年一人暮らしを続けていた彼にとって、ご飯が出来上がるのを待つ手持ち無沙汰な時間をどうやり過ごせばいいか、まだ分からないままであった。

同棲が始まって二週間。初めに二人で決めたルールで、彼女が晩御飯を作ってくれることになっていたが、彼は「彼女に負担が行き過ぎていないか」と早くも感じていた。

巷では芸能人が「家事は夫婦で半々に」などと言ったりするが、家事とは本来、量的にきっちり分けられるものではない。彼にとって、ご飯を作るという作業は全家事の半分以上を占めると言っても過言ではないのだ。

だから自然と毎回感謝がこぼれるのだが、昨日「私の担当だからお礼は言わなくていいよ」と諭されたばかりだった。それでも。 キッチンに立つ彼女を待つ間に色々と考えてしまい、彼はやはりどうしても胸に閉じ込めておけなくなった想いを、溢れさせるように言葉にしていた。

「ありがとう」

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彼女はどんな反応をするのだろう。

彼は何を考えて「ありがとう」を伝えたのだろう。 謝意を伝えるため?それでは「悲しいから泣いた」と同じくらい単純な理由だと思えてしまう。どうもそれではしっくりこない。彼が放ったありがとうには、「~だから」という理由ではなく、なにかしらの目的や意味がその背後に、彼自身も言葉にしきれていないものが言葉の裏に存在していたと思うのだ。

この話は私のたとえ話であるのだけれど、もともとは友人との会話の中で出た話題だった。 「こういう状況であなたが”彼”側なら、最後に『ありがとう』と伝える?」という話で、その友人は「いや、感謝はいらないって言われたんだからいらないでしょ」と答えていた。私と友人の相違点はそこにあった。だからはじめの文章は、”私の場合”である。だがどうして友人と違う選択をしたのかが私にも言葉にしきれていなかったところがあった。

このことを思い出してから、「当たり前を当たり前に」という学生時代の生活指導担当の常套句がなぜか呼び起こされた。あの先生は「言われてできることを、言われなくてもできるように」という意図であの発言をしていたのだろうけど、当時の私にとって、あの先生がいつも口にしていたこの言葉がずっと飲み込めずにいた。彼の「ありがとう」にも同じひっかかりを感じていたんだろうと思う。

彼の「ありがとう」には、「この行為は当たり前のことじゃないよ」という意志を伝える目的があったのだと思う。もっと言い方を変えれば、「GiveとTakeが常習することによる関係性の変化を止めている」というのがこのありがとうの目的・意味であると思ったのだ。

「貸しを作りたくない」というよりは、「立場差なく居られる関係を築きたい」という、行為ではなく関係性への願望が感謝の言葉には表れていた。

私は今まで、感謝の言葉は「何かされたときに言葉という形でできるお返し」だと一概に思っていたのだが、それでは礼儀作法として常習化してしまいかねない。その当たり前になりかわる危険を、私はずっと漠然と感じていた。 「ありがとう」は単に謝意を伝えるための手段ではなく、なんらかの結果として形式上に出てくるものでもなく、お互いが対等な関係であることを関係性の中で再確認する言葉なのだろう。 そしてこのことは、GiverとTakerという立場は関係がないのではないかとも考えるのだ。

私にも今まで、Giver側にいながら発したありがとうがあったと思う。 「辛いときに頼ってくれて、相談したいと思ってくれてありがとう。」「わがままだとしても自分に言いたいことを言ってくれてありがとう。」「そばに居てくれてありがとう。」 その根本には、少なくとも私の中では対等でありたいという願望があった。その願望が達成されたときにどうにか伝える言葉を選ぼうして、「ありがとう」という形で出てきていたのかもしれない。

感謝はめぐりめぐって還ってくるのではなくて、発した人間にも即時的に得られる感情があるのだと思う。それを私は、ありがとうの反作用と呼びたい。

ありがとうは謝礼じゃない。偽善でいい。「誰かのために」の誰にあたるのはきっと私のことで。私自身が許されるためだ。誰だって私の真意はわかりはしない。 誰かを喜ばせるためにありがとうを使うのではなくて、主観的に見て当たり前ではないと思えた事象に、そこに伝えられる相手がいたから感謝の言葉として漏れてきた言葉に、強制力はもたないし、他者から与えられる意味なんて必要としないのだ。

昔の映画、『ある愛の詩』にこんな台詞があった。 “Love means never having to say you’re sorry” 「愛とは決して後悔しないこと」と日本語では訳される。「say you’re sorry」を「後悔しない」と訳した人は詩的な人間だろうが、直訳すると「ごめんと言わない」である。でもこれだと、自分の非を認めない頑固人の横暴も許容することになってしまう。だから「後悔しない」と訳したのだろう。 私が思うに、この台詞が意味することは、「愛のある関係であるならば謝る必要がない」ではなくて、「一般的に謝るべきシチュエーションにおいて、謝罪じゃなくてありがとうを伝える言葉を選びたいときがある、そのときその間柄には愛がある」ということだと思う。本編を見ていないのに口を挟めることじゃないのだけれど。

相手が自分のためにしてくれたことにしたいして謝るのではなくて、まずはありがとうと感謝をすること。apologizeじゃなくappreciateが優先されるというのは、関係性というよりは意識な気もするけど、そんなことを意味しているんじゃないかと思った。

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「ありがとう」

彼の言葉に彼女はきょとんと目を丸くした。そしてゆっくりと口角を上げてから彼に伝わるよう確かに口にした。